さんまのさんぽ。

一歩進んでは立ち止まる、22歳大学生の雑記ブログ。

ボランティアは偽善なのか考えてみた話

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皆さんこんにちは!

ブログの記事ばっか書いて就活のESが書けない(書きます)サンマです。

ぼちぼち忙しい日々を送っております。

 

前回前々回

就活の超個人的お悩み解消法をご紹介しましたが、反響は様々でした!

コメントをくださった皆さん、本当にありがとうございました。

 

「なぜブログを始めたのか」でも書いていますが

このブログは特段理由があって始めたわけではありません。

 

大学生活も4年目に突入。

 

その中で

自分の考えていることをもっと発信して

いろんな人と意見交換をしたい!

と思いました。

ただそれだけの理由で書いています!笑

 

なので記事に対して

これ、おかしいんじゃないの?

って思うところがあったらぜひ教えていただきたいです。

今後もゆるゆるとお付き合い頂ければ嬉しいです。

 

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さて、突然ですが皆さんに問います。

 

ボランティアをする人のことを

偽善者だと思いますか?



今まで何かのボランティアに関わった経験がある人は

1度は考えたことがあるテーマだと思います。

今回改めてこれについて考えてみました。

 

先日twitterでこのことについてアンケートを取ってみました。

 

結果を見る前に、なぜこのアンケートをとったのか説明しておきます。

 

それは単純に自分が気になったから。笑

 

私はよくtwitterで国際協力関連のことを呟いたり、

誰かのツイートをRTしたりします。

 

でも私のアカウントは高校時代に普通に作ったもののまんまです。

最初から国際協力に関心ある系アカウントとして作ったものではありません。

だから多分フォロワーの半分ぐらい?は中高大の普通の友人です。

きっと中には意識高い系かよ、と思ってる人は

いると思うんですけど直接言われたことはないので

(きっと心の中で思ってる人は多いはず笑)

匿名ならみんな本心で答えてくれるんじゃないかな〜と。

 

前置きはこのくらいで

それでは結果発表!!

こんな結果になりました〜!

 

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まず118人という予想以上に多くの人に投票してもらえたこと、

とっても嬉しく思います!

あと「偽善と思わない」の方が多くなるかなぁとは思っていましたが、

予想以上に「思う」の人もいらっしゃいました。

(それだけ正直に答えてくれた人がいるということ)

 

ご協力ありがとうございました!

 


もしこの問いを

 

「ボランティアをすることは

良いことだと思いますか、悪いことだと思いますか」

 

と変えると

ほとんどの人が「良いことだと思う」と答えると思います。

 

つまり、

ボランティアをするのは良いことだ、と思いながら

ボランティアをする人のことを「偽善」とも感じる人は

割といるんじゃないでしょうか。

 

きっとこのアンケートで

偽善者と思う、と答えてくださった人は

ボランティアをしている人は

 

・自分の承認欲求を満たすため

・良い人と思われたいから

・就活のためのエピソード作り

 

こういった目的のために動いていると考えるのかなと思います。

(違うかったら、違うで!って言ってください笑)



ここで改めて【偽善】の意味を調べてみました。

 

【偽善】…本心からではない,うわべだけの善行

                 善人だと思われようとすること、などなど。。

 

なるほど〜。



ここからは完全に個人的考えです。

 

まず私が今回言いたいことを先に書くと

 

【ボランティアをしている人たち、

自分のこと偽善者と認めて開き直っちゃおう!

 

「やらない善より、やる偽善」

偽善だとしても、行動していることの価値はある!

 

そしてみんな、

偽善者と言われることを気にしないで

どんどんボランティアに参加しよう!

 

ということです。



先ほど偽善の定義が出てきましたが

これを見て自分も自分のことを偽善者だなぁと思います

だって見返りを求める心は確かにあるし

良い人だと思われたいという気持ちもあるから。

 

ボランティアを始めるきっかけは様々ですが中には

こういった理由のために始める人もいると思います。

やっぱそうなんじゃん、結局利己的なんじゃんと思う人もいると思います。

でも、これだけの理由だけではきっと長くは続きません。

 

つまりきちんと継続して何かのボランティアに関わっている人は

良い人と見られたいといったその場の欲求のためではない

何か他のもののために活動しているのだと思います。

 

偽善の定義で

本心からではない,うわべだけの善行」というものがありましたね。

 

その面で考えると、きっと継続して活動し続けている人たちは

単純に自分がしたいから続けているのだと思います。

本心からではない,うわべだけの善行」が偽善だとしたら

自分の気持ちに従っていたら、気づけば関わっていた。

自然としている状態が来るんだと思います。

 

私も当然自分がしたいからカンボジアに行っていましたし、

気がつけば国際協力のことを日々考えていますし

今後も何かしらすると思います。(将来未定中)

 

 

そしてこれが本心の欲求に繋がるのは

それぞれがボランティアをして得た「経験」というものの大きさに

要因があると思います。

 

経験はお金を払ったからといって何もしなくても手に入るものではありません。

自分が動かないと得られないものです。

 そのボランティアに関わっていなかったら得られなかった経験があります。

 

きっと継続して活動している人たちはこの「経験」という見返りから

それにかける時間や労力以上のものを得ているのだと思います。

 

...とまぁそれっぽいことを考えて書きましたが

正直な話「ボランティアは偽善なのか」

 

...わかりません!!!難しい!!

ここ何日か考えていましたが書いているうちに

何が言いたいのかわからなくなるというのを繰り返していました。 

 

 

 

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ところで、先日大学の講義で偽善とボランティアに関して

こういった話を聞きました。

 

『人が見ていないところでする善は純粋な善だと思われるかもしれませんが

例えばその人が宗教を信じている人だったら善行は教えを守ることになり、

その人はその行為により天国に近づける、

つまり善行には見返りが付いてくることになります。

 

こういった「本当に見返りを求めないボランティアはあるのか」という問いは

何千年も昔から話し合われてきました。ソクラテスの時代からです。

そしていまだに答えは出ていません

 

ただ、善行を行う人はその行為によって少なくとも優位な立場にたちます。

そして代わりに助けられら側は負い目を感じます。

 

これが先進国、途上国の関係だとしたら実際問題、

この負い目があるから回ってる部分があるんですよ。

この「負い目」をそのままにしておくのではなく、

「負い目感」を克服する、跳ね返したいという思いから

途上国社会が発展してきた面も少なからずあると思います。

 

この「負い目感」をどういうふうにうまく活用していくかが大事ですね。』

 

 

 

何千年以上議論されてきたなんてこの時初めて聞きましたし、

ソクラテスが考えても答えが出てないんだから

こんなペーペー大学生が少し考えてみたところで

そりゃうまい答えなど出ないわけです。笑

 

 

 


ただ、私は思うんです。

 

社会にはボランティアに関わる人を

偽善者、意識高い系として貶めたい人がいます。

 

じゃあいっそのこと「そうだよ!」って認めちゃいましょう!

真っ当な善を目指してはいるけど

どうにもこうにも完全な善はまだ理解できません。

 

じゃあ

「やらない善より、やる偽善」

やっちゃいましょう!!!

 

エゴにならないように、

絶対的な善だとは思わないようにだけ気をつけながら

世の中に対して良いと思ったことは、どんどん行動していけば良いと思うんです。

 

だって本当に善をわかってる人なんてこの世に誰もいないから。

誰にも偽善か、そうじゃ無いか決める資格は無いんです、きっと。

 

ただ、良いと思ったこと、やりたいと思ったことを

周りの目を気にして行動しないことほど勿体無いことはないと思うんです。

 

このブログだってきっと一部の人には意識高い系と思われると思いますが

自分にとって確実に有益になっていることを感じているのでやめません!

何より書くことがとっても楽しい、

こんなに自分の欲求に合っていることだったということは

始めてみないとわかりませんでした。

(文章の上手い下手は置いといて)

 

私は語りたがりの、意識高い系大学生です!!

認めます!!笑

だから何も気にしません!

 

皆さんも偽善者と言われることを気にせずボランティアに限らずなんでも

自分のしたいこと突き詰めていきましょう〜!

 

書き出したは良いものの結果的に自分には書ききれない内容となってしまい、

いつも以上にまとまりのない記事になってしまいました、すみません!

 

今回もお読みいただきありがとうございました!